FC2ブログ
2018
01.07

アシュラム一日目

Category: インド日記
アシュラムに到着、早速、ゲストハウスの鍵を貰って部屋に落ち着きました。アシュラムでは、お昼には、希望すれば誰にでも無償の食事が振る舞われるのでまた戻りました。そこで大きな意味をもつ出会いが二つありました。
一人は、アマラというニューヨークの女性、もう一人は、あつこという日本の女性でした。アマラには、私からものを訊ねることで、あつこには、まったく知らないインド人男性が繋いでくれました。
旅では必要なことのすべてが起きてくる。インドへの旅でよくわかりました。旅の前後でもそうであり、旅をしていない毎日の、比較的単調と感じる暮らしの中でも、同じはずです。
一日は旅であり、起きなければならないことしか起きていないはずですね。

アマラ、FBのプロフィール画像

Comment:0  Trackback:0
2018
01.04

ラマナ マハルシのこと

Category: インド日記
16歳の少年ラマナは、ある時叔父の家で擬死体験によって覚醒します。彼は幼い頃から、アルナチャラという言葉に何故か強く惹かれていましたが、単なる架空の名称だと思っていました。この体験の後、それが実際に存在する山の名前であると知り、居ても立ってもいられなくなりました。

彼は、わすかばかりのお金を手に家を出て、シヴァ神の山とされるアルナチャラに向かいます。彼は一生涯アルナチャラを離れることなく、賢者としての道を歩みました。
賢者の周りには人が集まり、その場所にアシュラムが生まれます。インド南部のティルバナマライは、そうしたアシュラムやヒンズーの寺院が集まる聖都です。

この町の中心にあるのがアルナチャラ山であり、ラマナアシュラムはその麓にあります。
これほどまでに一人の人間に影響を与えたアルナチャラとは、一体何者なのか?自分の目で、五感のすべてでそれを確かめたい。
私はインドに行くことを決意しました。



Comment:0  Trackback:0
2018
01.03

チェンナイ到着、ティルへ

Category: インド日記
予定通り、10日11時の便で成田空港を立ち、デリーで国内線に乗り継ぎ、一時間ほど小型機に揺られ南部の都市チェンナイに着きました。時刻は既に零時頃、朝一のバスを待って空港の椅子でカートを守りながら夜を越しました。
デリーの空港では、両替のときの担当者の紙幣の扱い方、紙幣そのものの疲弊度にカルチャーショックを受けました。紙幣に数字や文字を書き込み、大きなホチキスでバンと閉じて渡すのです。渡された20ルピー札70枚ののほとんどが、損傷がひどく、支払い時に拒否されて困りました。

画像は、チェンナイ空港からどこかのバス停までタクシーで行き、ティルバナマライ行きのバス中で撮ったものです。バスは相当に古く、ドアは開いたまま、満席で入口にも乗客は座ります。クラクションをバンバン鳴らし、車内には、ノンストップでインド音楽が陽気に、また、哀愁を帯びて流れます。

目的地であるラマナアシュラムに着いたのは、朝10時頃でした。







Comment:0  Trackback:0
2018
01.03

空港で夜明かし

Category: インド日記
成田発のインドエアラインは、翌日10日、11時の離陸。足利市から早朝に出発したのでは、無理があると考え、九日に家を出た私は、畳みとソファのあるターミナルの伽藍とした部屋でコートを掛けて一夜を過ごしました。
販売機とテーブルもあり、ロビーから食べ物も買って来れるので不自由はありません。

ただ、寒くてよく寝付けず、荷物になるからと、寝袋を持たずに家を出たことを悔やみました。



Comment:0  Trackback:0
2018
01.02

2016年2月9日

Category: インド日記
40日間の、インドへの旅が、ここから始まりました。栃木県は、東部線足利駅前にある、成田空港へのバス停です。家から最寄り駅JR富田まで15分歩き乗車、三つ目?の
足利市駅で降りて徒歩で約10分、渡瀬川を越えてバス停に到着。足利市駅と足利駅は別路線にあり、乗り換えには徒歩で川を渡ります。河原で持参の昼食を食べました。なるべく人の手を煩わせずに行こうという思いから、送迎も頼まずに。
時間調整も入れて、これで午前中がオーバー。私にはこれだけでぷち旅でした。




Comment:0  Trackback:0
back-to-top