2011
07.24

2011年、移行のとき

今月から、新しい業務内容が与えられ、愛犬の完全介護や熱暑、台風などで、まったく余裕のない日々が続いています。


「働けど、働けど、我が暮らし楽にならざり、じっと手を見る」

この啄木の句は、この世界の現実を的確に突いています。わたしのような低所得層には、ことさらにその真実実が響きます。「生老病死は、これ苦と見つけたり」というブッダの教えは、依然事実です。


働けなくなった人間は、社会から捨てられ、静かに死んでいくしかない…

こうした根本合意を根底に持っている。

それが、わたしたちが祖先から引継ぎ、作り出した、自由主義、民主主義、資本主義と呼ばれる社会システムです。

こうした社会構造においては、何よりも「食い扶持」を持っていること、安定した収入のための仕事を持っていることが、最優先事項となります。すべてはその次だということになります。

真実よりも、質よりも、中身よりも、愛よりも、喜びよりも、優しさよりも、食い扶持(安定した生存状態の確保)優先ということになります。結果、あらゆる自己保身のための虚偽がはびこり、全体の機能不全が噴出します。さらに、それを拡散し誤魔化すための「対処」が行われます。


しかし、こうしたシステムも、とうとう終焉のときを迎えました。それが、2011年です。人類のみなさん、おめでとうございます。テープを長い対角線で区切るように、古いシステムから、新しいシステムへの移行は、深い部分で徐々に進行しており、来年からは新しいシステムの占める割合が増えてくると思われます。一番苦しいのは、むしろ今年一杯かもしれませんね。個人的にはそう感じられます。

けれども、新しいシステムに移行する人は、限られています。その人たちは、すべて一つの条件をクリアしているはずです。その条件とは、固体(個人)としての意識がある程度希薄になって、全体の意識の中に溶け込んでいる人ということができます。自分も人も、物質も、同じ視点で見て感じられる状態ということですね。それは、知識や行動の中身ではなく、在り方そのもので判定されるということ。その人の持つエネルギーの状態、波の状態でわかるという、とても精妙なレベルでの判断となるでしょう。スピリチュアルな理屈がどれだけわかっても、宇宙人と交流があっても、著名でありサクセスフルな人であっても、まったく関係ありません。例外は、誰一人ありません。みな、平等です。

日々の与えられた環境を通して、自分の本当の姿である、真我、空、キリスト意識、仏性に溶け込まんとすること。その深い平安と慈愛の状態にあろうとすること。何より、一等それを求めること。

これしかないと思います。



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