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2011
06.25

無くてはならないもの

Category: 夢・ビジョン
今朝も、気がつくと地震の夢を見ていました。二十日の夢のようなメッセージ性はなく、去年暮れに死んだ父が若いときの姿で出てきたりする断片的なものでしたが、こんなに頻繁に地震の夢を見ること自体が一つのメッセージだと感じます。

今朝観た幻で書いたように、やはり、6月から地球規模での本格的な古いものの崩壊が始まったと感じています。大地震はその象徴か、事象のひとつに過ぎないと思われます。

世界の建て替え、建て直しですから、さまざまな過去、人間関係、自然や動物との関係において、ある程度の別れが待っているでしょう。それは、もしかしたら自分自身の肉体の死という形で表れるかもしれません。そのいづれにも、手放すことへの恐れ、痛み、苦しみがともなうでしょう。こう書いている僕自身も例外ではありません。それは、どんなに有名なスピリチュアルなリーダーと言えども同じです。


では、そのような状況の中、心の平安を保つために、わたしたちには何ができるのでしょうか?

自分の家にイエスを招き入れたマーサという女は、彼をもてなすのに忙しく立ち回る一方で、イエスの傍で熱心に彼の話だけを聴いている姉妹マリアがちっとも自分を手伝おうとしないことに腹を立て、イエスに彼女を手伝わせるようにと迫りました。イエスは、「マーサ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、なくてはならぬものは一つだけである。マリアはそれを選んだのだ」と逆にマーサを諭しました。(ルカ10:38)

なくてはならぬものとは何でしょう?

それは、たった一つしかありません。宇宙にも、どこにも...
それは、あらゆるものが変化変滅を繰り返す宇宙の中で、変わることのない普遍のものです。
それは、形なきもの、不変なるもの、永遠の命、愛、意識、空、真我、神、中心、いま、などと呼ぶことができます。

形あるもののすべては、分解消滅する運命を持っています。惑星も、人の肉体も、霊体も、魂すらも、一つの形ですから最後は消滅します。そのあとに残されるものだけが、唯一不変なるものです。それが、キリスト、ブッダなどと呼ばれてきた「意識」であり、「空」であり、「真我」です。

当然、それは、なくてはならないものですが、なくなることはありません。
なくなるように観えるとしたら、わたしたちがそれに意識を向けなくなったとき、意図しなくなったときです。それを、最も大切な、外してはならないハートの中心から、十字架の真ん中から外して生きるときです。


栃木県足利市という場所で、周囲に放射線物質が溢れ水も大地も作物も汚染され続ける中、政治や貨幣経済など、古いシステムのすべてが音を立てて崩壊する大不況の波に揉まれ、日雇いのアルバイトでその日その日を生きている身の僕ですら、「なくてはならないものは、ひとつだけ」なのです。

そこに意識の焦点を合わせて生きるとき、人はすべての苦しみや悩み、限界を超越し、キリストが、「世が与えるような平安とは異なる(ヨハネ14:23)」と表現した、本物の平和が広がるのです。その人の心の中に...

わたしたちは、最初から不可侵、不死身(富士身)の「存在」なのです。



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