2014
10.03

トマス福音書の概要

Category: トマス福音書
(9月予約投稿)

トマス福音書は、キリスト教的には異端といわれるグノーシス派の流れを汲むイエスの語録であり、ほかの三福音書(共観福音書)であるマタイ、マルコ、ルカ伝とは別の視点を持っています。ヨハネ伝とは共通する部分もあるようです。

特徴としては、ブッダやアドヴァイタ系の認識に共鳴するもので、真の自己を見つけることこそが、その教えの大願目とするところです。トマスはすでに、イエスが肉体をまとって活動しているときから、そのことを見抜いていました。
イエスと同じグノーシス派の教えを受けていたからではないでしょうか。ほかの弟子たちは、イエスが肉体を去るまで、その実態を知ることがなかったと思われます。それは、トマス福音書と正福音書四伝を読み比べることでわかると思います。聖典では、肝心要のキリスト=真の自己、セルフということが、微妙にベールで覆われています。トマス語録では、114の短文の全容を持って、そのことを読者のハートに感じさせる仕組みになっています。個々の文を読んでもぱっとしない仕組みになっているのは、明白に書くと改ざんされることを予測したからだと思います。真理はベールで覆ってしまうほうが何かと都合がいいという輩がまかり通っているのがこの世であることを、よく知っていたわけですね。だから、本書は、イエスの語った「隠された言葉」という表現で始まっています。

余談ですが、このトマスが数年前、わたしに強く干渉してきたときがありました。わたしなりのチャネリングによって、彼が新約聖書のトマスであることを突き止めました。そのときからキリスト教会の通訳をしたり、牧師さんの著書の英訳を引き受けたりという現実が展開されたことが1年半程度続きました。そして彼との通信は自然に終わりました。
その後、3年が経過した今年になって、トマス福音書を改めて読んでみて、なぜあの時、他の十二弟子の誰かではなく、トマスだったのかがはっきりとわかりました。あの頃を境として、わたし自身がトマスと同じ道に向かい始めていたのです。いまでは、トマスがわたしを、イエスやブッダやクリシュナの説いた道へと向かわせてくれたと思えます。

序文には、「これは、生けるイエスが語った、隠された言葉である。そして、これをディディモ・ユダ・トマスが書き記した」とあります。「ディディモ」はギリシャ語で「双子」を意味し、「トマス」もアラム語やシリア語で「双子」を意味する「トーマー」に由来します。双子とは、本当のイエスを知ったもの、イエスの双子、つまり、イエスとまったく同じ存在ということを暗喩していることが、この福音書を読むとわかります(特に語録13)。

「トマスによる福音書」の誕生に研究尽力くださった、著者、荒井 献(ささぐ)氏に、心からの感謝をささげます。

参照元:トマスによる福音書



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