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2014
09.11

知恵

(『アシュタヴァクラ・ギーター』私訳)


あなたは、元々ひとつであり
終わりのない自己を知っている。

あなたはセルフを知っている、
だからこそあなたは穏和なのだ。

なのになぜ、いまも富を欲しがるのか?

無知により、真珠の貝殻が銀に見える。
欲が生じたのだ。

自己を知らぬことから
五感渦巻く世界への
欲望が生じる。


あたかも海と波のたとえのように、
あなた自身を、
世界がその中に生まれ、消え行く、
「それ」であると知りながら、
なぜそのように情けなく、走り回るのか?

かつて聞かなかったのだろうか?
あなたは純粋な意識であり、
あなたの美しさは無限なのだと。

それならばなぜ、欲情に道を誤らせるのか?

賢明な人は、
すべての事象に自分を見い出し
彼の中に、すべての事物を認識する。

なのに、なんと奇妙なことか!
彼はいまだに、「これはわたしのものだ!」という。

自由であろうとの固い意志をもって、
あらゆるものごとを超えたワンネスに
彼は留まる。

なのに、なんと奇妙なことか!
熱情に身を委ね、彼は弱くなる。
情欲が、彼を圧倒する。

老いてふらつきながらもなお、
彼は欲望に満ちている。
情欲がアウェアネスの敵であることを
疑いなく知りながら。

まことに、何と奇妙なことか!
彼は自由を憧憬する...

彼は、この世界のことも、次に向かう世界も
思い煩わない。
過ぎ去るものがどれで、何が永遠かも知っている。

なのに、何と奇妙なことか!

彼はいまだ、自由であることを恐れる。

けれども、本当に賢い者は、
常に、絶対なる自己を見ている。

称えられるとも、彼は喜ばず、
嫌われるとも、彼は怒らない。

心が純粋な彼は、
自分の行為を
あたかも他人のものであるかのように見る。

賞賛も非難も、彼の平安を乱すことはない。

澄んだ、揺らぐことのない洞察によって、
この世界が蜃気楼であると知っているから、
もはや、世界の不思議を彼は思わない。

死が迫ろうとも、彼を恐れさせることはない。

心が純粋であるから、
絶望の中にあろうとも、
彼は何も願い求めない。

彼は、セルフの知識にあって、
常に満ち足りている。

誰が彼に較べられようか?

澄み切って堅固な洞察によって、
何であれ、彼が見るものはみな、
本質において非実在であると知っている。

二極性を超えた彼には、
一方より別の方を好むことはない。

願望から開放された彼は、
この世界へのすべての切望を
マインドから放逐した。

喜び、悲しみ、
何であれ、来るがよい。
彼は動かされない。


参照元:The Heart of Awareness:a translation of The Ashtavakra Gita



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