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2014
09.07

アウェアネス

(『アシュタヴァクラ・ギーター』の私訳です)

昨日までは、
幻想に当惑されて生きていた。

いま、わたしは目覚め、
欠けたるところなく、平静で、
世界を超えた存在だ。

わたしの光から、
体も世界も生じる。

すべての事物はわたしのものであり、
何ものも、わたしのものではない。

いまや、肉体と世界を放棄したわたしには、
特別なギフトが与えられた。

わたしには無限の自己がみえるようになった。

逆巻く波も、泡立つ波も
波はみな、水である。

セルフ(自己)が奔出するあらゆる創造は
みな、セルフである。

一切れの布が、
糸の集まりに過ぎないことを知りなさい。

サトウキビの果液が含む砂糖のように
わたしの甘美さは、
わたしの創造したすべての中にある。

世界が立ち現れるのは
セルフを知らないときであり、
知られれたときではない。

けれどもあなたは、ロープを蛇だと見誤る。
ロープが見えれば、蛇は消失するのだ。

わたしの本質は、光、
ほかのなにものでもなく、光。

世界が現れても
光を放つのはわたしのみである。

世界がわたしの中に立ち現れるとき、
それは単なる幻想である。
水にきらめく太陽、
貝殻に見る銀の輝き、
一撚りの縄に見る蛇である。

世界はわたしから奔出し、
わたしの中に消え行く。
腕輪が、溶けて金に戻るように、
壺が、砕けて土となり、
波が、凪いだ水となるように。

わたしはわたし自身を愛する。
素晴らしいわたし!
わたしには、死ということがない。

梵天から一片の葉っぱまで
この世界のすべては朽ちるが、
わたしはまだ存続している。

実に素晴らしい!
わたしはわたし自身を愛する。
わたしは形態をとったが、
依然ひとつであるからだ。

わたしは、来ることも、去ることもなく
依然、どこにでも存在するからだ。

わたしの権能は、
なんと素晴らしく、偉大であることか!

わたしは形態を持たないが、
時の終わりまでも宇宙を支える。
素晴らしきかな。


…続く



参照元:The Heart of Awareness:a translation of The Ashtavakra Gita



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