--
--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2014
07.21

連載小説を書くということ

Category:
連載小説、「ブルー・アルタイルを一杯」、vol.7を配信させていただきました。

ある日突然、宇宙人の訪問を受けた主人公が、宇宙船に乗せられて、自分にゆかりの深いとされるアルタイル星へと向かうというストーリです。
 
第7巻では、まだ宇宙船の内部にいて、さまざまな場所を見学したり、人々を紹介されたりしながら進んでいます。
前回から、医療班という世界に入ってきました。そこで、コテージの番人二人と会い、健康や医療というものについて主人公は考えました。そして、7巻では、その先にあるサナトリウムを訪れ、主管の女性に会って、また新たな展開がありました。

この物語は、私を含め、行ってみなければ、そこに何があり、誰がいて、どんなことが起きるのかは、ほとんどわかりません。
私が書いているのではなく、次のシーンを書こうと思った時、書かれるべき存在、場所、内容が、あちら側から現れてくる仕組みになっているようです。

そんなときは、わたしがこのストーリーを書く前から、実際に、こうした場所や存在たちが宇宙のどこかの次元に既に存在していて、そこにわたしがチャネルを合わせているにすぎないのではないか、と思います。
「書いているというより、あちら側に、書かされている」と感じます。


別な側面からみると、本当にこの物語の体験をしているともいえるでしょう。
もちろん、この重い肉体レベルでではなく、アストラルレベル、メンタルレベル、意識レベルのどこかで、この旅をしているのです。

たとえて言うと、私は単なるツアーガイド、旗振りに過ぎません。旅の目的地、乗り物、全体プランを把握しているに過ぎません。
そして、このガイドは、全体プランさへ、ゆるーくしか把握できていないのです。途中ルートなど、てんでいい加減な予定です。ただ、体験の全部を、旅人(読者)と共有しています。
実際、医療班の入口の部分を書くまでは、中がどうなっているか知りませんでした。
コテージに向かう(その部分を書く)までは、コテージに誰がいるのか知りませんでした。
遠景から、サナトリウムは見えていましたが、コテージを出るまでは、サナトリウムに誰がいるのか知りませんでした。コテージを後にして、サナトリウムへの道をたどり始めた時、そこに待っている主管、デネビーの映像が出てきました。どんな姿で、名前は何で...。という具合に。それに付随して、書くべきことがどんどん揃い始めます。
連載の一回目から、ずっとこういう感じで書いています。聞いたまま、観えたままに、書かせてもらっています。写しているだけなのです。

それでいて、毎回、書いたものを後から見直すと、ある程度の整合性、一貫性が保たれていて、直そうというところが見当たりません。それどころか、段々と、意識していなかったテーマのようなものがはっきりと出てきています。
もちろん、時間をおいて何度か推敲するという作業は、自分なりに行っています。

このように、物語を読む人は、作者に連れられて、宇宙のある次元を、実際に旅をしているのかもしれませんね(注意:実際=真実ではありません)。そこで何を見て、そこから何を学ぶか、は、旅人一人一人によって異なるでしょう。
チャネリングなどによって、宇宙世界を旅することができる人たちも、いっぺんに全部の次元、世界を把握することはできません。自分が行った次元、世界についてそれを素直に書いているだけなのです。絶対的現実、などというものは、本来存在していないのですから。体験は、すべて、夢、ということもできるのです。


では、次回、vol.8の配信をお楽しみに!




精神世界ランキング 参加しています




人気ブログランキングへ
スポンサーサイト
トラックバックURL
http://salasvaty.blog94.fc2.com/tb.php/335-1ca9cafb
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。