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2011
06.06

神についての考察

Category: メッセージ
私自身がそうだったが、大概の人は、自分が作り出した神を信仰の対象としている。その神に祈り、頼り、恐れ(畏れ)ている。そして、そのこと自体に気づいていない。

これは、ラマナ・マハルシの本を読んで気づいたことだった。

イエスは「父なる神よ」と、神の存在を通して真理に至る道を示したが、ブッダは、神という概念を通さず、祈りの対象も作らず、空によってその道を示した。ガンガジやエックハルトも神の概念を用いない。信仰と言う概念もない。ジョンレノンも、「神とは苦痛を量る概念だ」と歌っている。考えてみれば、「信仰」と言う概念ほど、曖昧で人それぞれに用いられているものはない。これはキリスト教で顕著だと思う。

換言すれば、神とは、自分のレベルに応じた力量でしか顕われることはできない。自分のレベル以上にも以下にもなり得ない、干渉し得ない。慈愛豊かな女神も、厳しい裁きの神も、神道の八百万の神も、仏教の仏菩薩たちも、あなたの意識に応じて化身できるだけだ。

あなたの中で、そうした神々を作る必要がなくなったとき、彼らの存在も静かに消えているだろう。後に残るのは、人格神ではなく、法身、意識としての、個に干渉しない神だけだろう。
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