2013
05.18

小さき遣い

Category: 創作寓話
神さま: 

2013年は、いわば、一二三の神さまのお出ましになる年じゃ。

0から始められる年じゃ。

それでこの静ごころの神も、出てきたのじゃぞ。

出ることができたのじゃ。

小さな神とて、大き神の遣いぞ。

後ろに、大き方控えておるのぞ。

そなたも同じゃぞ。

そなたの肉体は、小さくて有限じゃが、

中身は大き方が、懸かりておるのだぞ。控えておるのじゃぞ。

誰もがそうなのじゃ。

虫でもそうなのじゃ。

小さき者侮ると、こころ痛きことになるぞ。

侮るのは傲慢ぞ。

真理を知らぬ無知故の行為ぞ。

さびしき心ぞ。

哀れな心ぞ。

神は傲慢には懸かれんから、寂しく思うのじゃ。

放蕩息子ほど、可愛いのじゃ。

心待ちするものなのじゃ。

神の心知るには、親の心思えばよいのじゃ。

神は、どこにでも表れているのじゃ。

自らを現わしておるのじゃぞ。

友にも、同僚にも、

毎日出会う売り子さんにも、

現われておるのじゃぞ。


器夫:なるほど!

2013 は、123 と0 でできてますね。

だから日月の神さまが、0からスタートされたのですね。

そういえば、先に上げた今日の日記が entry-213で、一二三でした。

ミクシーにそれをコピペした時間も12:23で、まとめると123でしたし。

そして確か、entry-123 にも、

なぜかひふみの神さまのことを書いていたと思います。

こんなの偶然じゃないとできないですよね!


神さま: うんむ。

神はいろんな方法で、

常に、そなたに語りかけているということじゃ。


器夫: 今日出会うことになる全員が、

実は、あなたの遣いだったということなのですね!!


忘れん坊の僕ではありますが、

そのことを、いつも忘れないようにしたいです。

神さまありがとうございます☆



精神世界ランキング 参加しています


スポンサーサイト

トラックバックURL
http://salasvaty.blog94.fc2.com/tb.php/215-667b6cfe
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top