2013
02.23

かもめ食堂

Category: 映画・動画
かもめ食堂 ☆☆☆☆

主人公のさちえは、フィンランドで和食の店を始めた。一カ月しても、客はまだ一人も来ない。そんな店の様子を大柄な北欧女性3人が店の外で噂する。「あの人小さいけど、子供じゃないの?」「ううん。小さな大人かもしれないわよ!」
母親が死んだ時より、太った野良ねこが死んだ時の方が悲しかった。わたしは太った生き物に弱いのだ。というさちえが、ここで店をやることになった経緯はわからない。

そこにある日、みどりという旅行者がやってくる。地図を広げて勝手に指さしたら、そこにあったのがフィンランドだったという。みどりは、「はい。だから、来てやりました」と言う。それ以上、ことの経緯はわからない。
「ガッチャマンの歌を完璧に覚えている人に、悪い人はいない」というさちえの言葉は、そんなみどりへの褒め言葉だ。ちなみに、さちえとみどりを出会わせたのは、かもめ食堂最初の客、トンミ・ヒルトネンだ。彼がさちえに、ガッチャマンの歌詞を教えてくれと頼んだのだ。

次に、「わたしの荷物、届かないんです」と言って、まさこがやってくる。まさこは、自分が観光で来たのか仕事で来たのかを聞かれてもどちらなのかわからなかったが、この店が気に入り通い始める。航空会社が、なくなった荷物を見つけたが、中身は全部、まさこがフィンランドの森で採った木の子だった。この時点で、わたしの「まさこの人物像」は、完全にブランク状態になった。まさこは、同時期に現れたフィンランド女性が泥酔した時、手早い介護で彼女を介抱する。現地語ができなくとも身の上話も聞いて慰めてしまう。

このように、映画に登場する人物たちの孤立感、エイリアン度数は、かなり高い。みんなどこか、この文明の中に自分の居場所を見いだせていない。自分がしていることは、どこか違っている。。。そんな風に感じている。愛想のいいトンミヒルトネンさへ、実は友達が一人もいなかったのだ。

そんな彼らが、かもめ食堂に出会って息を吹き返していく。さちえは、料理が得意でおいしいものを作って食べるのが大好き。寝る前には合気道の基本技を怠らず、自然の流れに逆らわない。客が一人も来なくても、プールへ行ってしっかり泳ぐ。合気道の精神を体現した歩みをしている(でもそれは難しい理念ではなく、ひとを思いやるという当たり前のこころだ)。彼女は人の過去には関心がなく、いまにも執着がなく、その人の選択を大切にする。だから人々のエイリアン度数は減少し、そこにホームを感じる。

この映画では、登場人物たちの過去は、ほとんど入り込んでいない。その分フリーなスペースがたくさんできている。その空間を、日々の出来事や対話たちが好きなように踊る。何かを問われても、そのとき思いつくことを言うだけ。
そのスペースで、コーヒーポットは輝いて傾き店一杯にアロマを放つ。しゃけの載ったグリルが透明な煙を立て、おにぎりを握る手がシャキシャキしたリズムを奏で、テーブルたちがきれいに磨かれる。。。


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