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2011
05.22

カルマと裁き

人は、自身の行動の結果によるカルマ以外に、家系や民族のカルマの幾分かを担い、それらを解消するために肉体界に生まれている。だから、カルマの先端に現れている一個人を見てその人を裁くのは、見当違いというものだ。その人が背負っているカルマの大きさなど、誰が知り得よう。

最近よくこう思います。
こう思うと、人の行動を理解し、許すことができます。理解できなくても、カルマがそうさせているのだと思うことができます。そしてこの見方は、自分自身にも向けられることになります。

自分の中にある、暗い、重いエネルギー、カルマが発動したと感じるとき、それをただ認め、自己の本質とは別物として認識することができます。「手放す」とは、このことではないでしょうか。
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