2012
12.04

さとり3

Category: 夢・ビジョン
「Who am I?という問いを発すること自体、その答えにもなっている」

「問いの誕生と同時に、答えも生まれる」

「質問が生まれたとき、その答えも同時に生まれている」



前日の寒さに風邪を引いたらしく、夜中に軽い頭痛に寝返りを打ちながら、頭の中のどこかでそんな言葉を聞いていました。


確かにその通りだと思いました。
たとえ答えがすぐにわからなくとも、それは、どこか知らないところに、同時に存在しているはず。

Who Am I? わたしとは誰か?と問うことが、最も確実な悟りの方法であり、それに対する「わたしとは~だ」という、問いに対しての応えを得ることがその目的ではないということは、ラマナやムージなど、アドヴァイタ系のグルたちの説くところです。

もしそうならば、こんな簡単なことはありません。こんな楽なことはありませんね。答えは全部、問いとともに生まれているなんて!あとはじっくりとそれを探すだけではないですか!要するに、何でも分かってしまうのです。どうしてもわからないことは、それ(わからないと言うこと)自体が答えだと言うことが、「わかった」のですね。ここまで来ると、もうマインドさんは、付いて来れません。グッバイです(笑)。そう思ったら、ウキウキワクワクしてきました。これ以上感動すると、眠りの世界から引き離されると思ったお寝坊さんの僕は、適当なところでその大いなるひらめき?をわきにおいて、またことことと眠ってしまいました。

やっぱり、「答えはすべて、自分の中にある」ということなのですね。

ガーティ、ガーティ、パーラガティ、パーラサンガティ、ボーディスヴァーハー…


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