2012
06.14

願望実現、現実の創造

Category: メッセージ
みなさんは、どんどん変わる自分をかんじませんか?
一年前の自分と、いまの自分、価値観に大きな変化はないですか?そのころの自分と、いまの自分はまったく違う。変わってしまったと感じている人が、多いのではないでしょうか?

僕もそんな一人です。太陽系レベルの意識のシフトが起きているわけですから、目に見える世界も、心象世界も目まぐるしく変わって見えるのは当然です。

しかし、私は変わったというとき、その私とは誰なのでしょう?
昨日から今日、今日から明日へと変わり続けるわたしとは、一体誰なのでしょう?

スピリチュアルな世界に生きる人でも、「わたし」をしっかりと位置づけせずに様々なワークによって自己実現を目指す場合が多いと思います。僕もそのような試行錯誤をある程度体験してきました。

たとえば、一時期、願望実現方法のセミナーがとても流行りました。「あなたの心の願いがかなったら、どんなにか幸せなことでしょう!いままで願っていた自由を手にすることができるのです!」と言うのですが、それは本当でしょうか? 結論を言うと、否、否です。心の願いが叶えば、夢が叶えば、幸せになるということではありません。その願いが、わたしと言う個人性、エゴから来ているか、真の自己、神、全体性と調和したところから来ているかを見極めることの方が、大切なのです。そして、全体性から来ている願望であれば、自然に叶えられて当然です。わざわざワークするまでもなく。なので、願望実現ワークというのは、とってもエゴの匂いを感じるのです。実現したい願いがあるという場合、その願いを出している私が、どのレベルの私なのかをよく見極めることです。個人的なわたしの願望を叶えて、一時的に良くなったように見えても、全体性の中で適切でないものが、永続することはありません。その幸せ感が萎えてしまうことが、真実性の度合いを語るでしょう。

もうひとつ、自分の思うように、現実を創造していく。という考え方、教え方があります。宇宙人系や、チャネリングソース系の情報にはその傾向が強いようです。並行宇宙であるのだから、あなたが思ったところ、意図したところに行くことが可能なのだ。あなたの自由意思しかないのだ。と言う考え方があります。

これも、とても魅力的なコンセプトであり、ある側面からは正解だと思いますが、気をつけていないと、上と同じようにエゴの格好の落とし穴、隠れ蓑になり得るものです。
「ワンネス、全体性から離れた「わたし」が、自由意思で現実を作ることなど不可能です。エゴのわたしには、現実を創造することなどできない」とアジャシャンティが言っている通りです。「個人的なわたしが創造できる現実とは、仮想現実であり、真実の現実は創造できません」と。
チャネリング情報には、この辺があやふやなものも多いですね。宇宙人や天使は、願望実現や依存するための存在ではありません。「奇跡のコース」とかは、その例外かもしれません(僕にはまだよくわかりませんが)。


本当のわたしとは、ときを超えて不変、普遍の存在なはずです。
変わるものは、永遠ではありません。
永遠でないものは、真理ではありません。「わたし」ではありません。
変わっていく形をとりながらも、中身はまったくの不変、不動。
それが、「わたし」なのです。

そこの「わたし」、思い出してますか?

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コメント
願望実現ワークは、最初の頃、僕もハマったことがありまして・・・
と言うか、そればっかりでした。
が、エゴですね~。
文殊です。dot 2012.06.18 14:33 | 編集
文殊さん、

願望が全部実現してしまう人もいるかもしれませんが、そういう人が理想的な生き方をしているとは思えなくなりました。願望実現ワークを売りにしている人の多くは、未だ深い悟りには達していないと思います。達したら、そんなことは教えなくなるでしょう。昔は、僕もそういう人を羨望をもって見ていたものですが。^^;
makadot 2012.06.18 18:49 | 編集
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