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2014
02.27

迷妄と自力と運命

Category: 経典・聖典
ギーター18章にはこうあります。


アルジュナよ、あなたは自己の本性から生ずる行為に縛られている。

あなたが迷妄のゆえに、その行為を行おうと望まないでも、否応なくそれを行うであろう。


主は万物の心の中にある。

その幻力により、万物をからくりに乗せられたもののように回転させつつ。


全身全霊で、彼にのみ庇護を求めよ。

アルジュナよ。彼の恩寵により、あなたは最高の寂静、永遠の境地に達するであろう。






黒住宗忠は、このような書簡を残しています。


とても自力には参り申さずそうろう。

天のご助力をお互いに祈り申すべく候。

ひとつとして我が為すことはござなく候。


何事も、何事も、一切天にお任せなされそうらわば、

まことに、まことに、不思議に参り候ものと存じ奉り候。






クリシュナは、すべての被造物は、生まれた時点で迷妄というベールに覆われると言います。

それは、個人が存在するという幻想であり、人には自力というものがあり、

その力によっては運命すら変えられる信じ込むことではないでしょうか?

しかし実際は、すべては創造された時点ですでに決められているのであって、

人はそのカルマのすべてを受け入れ、運命が「いまの自分」にとって最善のプログラムであると信じることによって、

初めて運命を超越することができるのではないでしょうか?

運命を信じるとは、運命を司る存在に、全幅の信頼を置くことに他なりません。

ギータの説く、「信愛」ということです。



このことが心底クリアになるまで、

悟りという鳥は、その人の肩に舞い降りない。

悟りに達した存在たちはみな、

世の東西や時代を問わず、一様にそう説いている気がします。





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