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2015
02.15

Category: 創作寓話
五ヶ月ぶりの更新です。
去年6月ごろ連載開始した、【ブルーアルタイルを一杯】が完結しました。
画面右のパブーのバナーからお読みください。

ネット環境がありませんので、日記更新はとてもレアかつ不定期になっておりますこと、お詫びいたします。
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2013
08.03

カルマとか運命とか 3

Category: 創作寓話
神さま:ジャ~ン!

神じゃ。


器夫(うつお):あっ。

蝕の神さま、おはようございます。

今日はなんとも斬新なご登場ですね!(汗)


神さま:うむ。

前口上は無しじゃ。(笑)

今日は、運命の話をまとめる日じゃったのう。

そなた、ここまでの内容を整理してはくれぬか? 


器夫:はい。

人間の運命とか行為とかいうものは、その人が生まれる前から決められた要因によって現象界

に現れてくる。

その要因は、占星術的にみれば、天体の配置ということになり、ヒンズー教のバガヴアッド・

ギーターによれば、純質・激質・暗質という根本原質から生じる要素によって起きてくる…。

だから、人が行為者だと考えるのは正しくなく、それが裁くことで物事を正そうとする

悪循環に繋がる…。

僕にはこのように受け取れました。


神さま:そうじゃった。

ようまとめてくれたのう。

今回は、日本にはややなじみの薄いクリシュナ神の存在を紹介するのも目的じゃった。

クリシュナさんは太陽神にも真理を説かれておる。

日月の神も、天照大神も、わたしも、みんなそこから来ておるのじゃ。

もちろん、そなたも、誰もかれも…。イエスもブッダものう。


器夫:僕の父も、毎朝、朝日を拝んでいました。

何かぶつぶつ呟きながら。(笑)


神さま:そうじゃったのう。

よく覚えておるぞ。


では、こうした運命、カルマ、三要素を超越した人にはどのような特徴があるか、

ギーターから拾ってみよう。




彼は光明と活動と迷妄が現れた時それを憎まず、それが停止した時それを求めない。

彼は中立者のように静止し、諸要素によって動揺させられず、諸要素が活動するのみと考え、

安住して動かない。

彼は苦楽を平等に見て、自己に依拠し、土くれや石や黄金を等しいものと見て、

好ましいものと好ましくないものを同一視し、冷静であり、非難と称賛を同一視する。

彼は尊敬と軽蔑とを同一視し、味方と敵とを同一視し、一切の企図を捨てる。

このような人が、要素を超越した人といわれる。

不動なる信愛のヨーガによりわたしに奉仕する人は、これらの諸要素を超越して

ブラフマンと一体になることができる。




つまり、運命やカルマのシステムが働くのは、そなたが人としての意識、個人としての意識に

自己を置いた場合に限られるということじゃ。

そなたは、本来、何ものも制限しない意識じゃ。

三次元で生きるには、優勢意識を現象界に置くのはごく自然なことじゃが、本来の自己を

忘れてはならない。

運命やカルマを超える鍵は、この辺りにあるのじゃのう。


器夫:「光明と活動と迷妄」とは、それぞれ純質・激質・暗質から生まれるものですね。

それらの結果に囚われないこと、行為の結果に囚われないことが大切だというのですね。

確かに、そうした結果を、すべて平等に見ることができたなら、

どんなにか楽になることでしょう!

人は、とかくよい結果は自分の行為によるものとし、悪い結果は人の行為に起因すると

思いやすいですね。

よい行為にも悪い行為にもしがみつこうとしがちですが、どちらも同様におかしいです。


神さま:行為の中に身を置きつつ、行為を超越する…

それを行為のヨーガというのじゃ。

それは、行為を否定することとは違うのじゃ。

クリシュナ神は、それが肝要だというのじゃよ。



器夫:今回は、とてもよいことを教えていただきました。

神さまありがとうございました☆





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2013
07.29

カルマとか運命とか 2

Category: 創作寓話
神さま:器夫や、今日もまかり出たぞ。

器夫:静ごころの神さま、こんばんは。

お待ちしていました。

昨日は、人間の持つ三つの要素の構成によって運命が創られるというお話で終わりましたね。

そしてそれらは、クリシュナ神の属性たる根本原質から生まれるのだと。


神さま:うむ。そうじゃったのう。

純質(サットバ)、激質(ラジャス)、暗質(タマス)の三つじゃった。

これらの性質は、食べ物や衣服や趣味、考え方や言葉など、いろいろなものについて言えることじゃ。


たとえば食べ物でいえば、辛いもの、刺激ある食べ物・飲み物はラジャスじゃ。

古くなったり腐りかけたものはタマスじゃ。

サットバは体に負担のない新鮮な野菜や穀類など滋養に富んだものじゃ。


サットバは、光、喜び、幸福、平和に繋がり、ラジャスは、激情や活動や貪欲、渇望に繋がり、タマスは、無活動、迷妄、怠惰に繋がる性質をもつのじゃ。

その人の割合に、純質が多く占めれば、その人は明るく、調和した、健康な人となる。

激質が多ければ、争い事や不和や劇的な言動の人となり、暗質が多ければ、病気や不平不満の多い人となるじゃろう。


器夫:なるほど…。

そうすると、この事実を知って、純質が多くなるように努めれば、次第に運命がよくなるということですね。

でも、生まれた時点でこれらの構成が決められていて、たとえば、激質が多ければ、どうしてもそういう生き方になってしまうということでしょうか?

暗質が多ければ、どうしてもやる気の出ない一生になってしまうというか、そうなりがちなのでしょうか?

だから、いつまでたってもこの世の中から争い事や不正が絶えないのでしょうか…。


神さま:確かに、この根本原質のさらに上に、クリシュナの神がいなけれがそういうことになるじゃろう。

だが実際は、この運命というシステムの上にはクリシュナ神がいて、人の意識もみなそこにあるのじゃ。

だから、それを知ってクリシュナを信じ愛する者は、カルマのシステムを超えることができるというのじゃよ。

ギーターでは、それを「信愛」と呼んでおるのう。

いつも心から何かを信じ愛しているものは、意識においてはその何かとひとつになってしまうものじゃ。

神の場合とて同じなのじゃのう。

神を愛すれば、知らぬ間に神となるのじゃ。

聖書にも「心を尽くして汝の神を愛せ」とあるのう。


器夫:はい。想いを尽くし、精神を尽くし、すべてをもって神を愛せ、とあったと思います。

その感覚、深い部分で共鳴するものがあります。YES!と叫んでいるものが…。

でも、身体レベルでは、三要素に影響され、気がつくといつもその波の中であえいでいる自分に気付き、落ち込んだりしてしまうのです。

依然変わらない自分に、ほとほと嫌気がさしながらも、そんな自分さえ手放せないというか…。


神さま:そのようじゃのう。

それは、そなたがまだ、自分が行為者だという想いをもっているからじゃ。

この世界では、行為者とは、まず人間のことじゃからのう。

「これは誰々の仕業だ」「誰々が××をした」といういう言い方があたりまえじゃ。

だからその行為者を法律で裁くことで一件落着じゃ。

それ以外にやりようがないのじゃからのう。


じゃが、クリシュナは、人は行為者ではなく、行為者は3要素だと説くのじゃ。

そして、事実はその通りなのじゃ。

人が、個人が行為するのではなく、要素が行為させているわけじゃよ。

行為していると思っている「人」とは、実は3次元のホログラムであり、行為する力などないものじゃ。

ただの立体映像に、行為のしようもないからのう。


この見方ができるようになると、自分も人も裁かないようになるのじゃ。

真実が分かると、裁かなくなるのじゃよ。

そして、裁かれないなら悪いことをしよう、というようには、ならないものじゃ。

その発想自体が、裁きの発想から生まれるものじゃ。

だから、法律がたくさんある文明は、まだまだ未熟な水準ということじゃのう。



では、残りはまた次回に話そう。

筆先の役、ご苦労であったのう。


器夫:いいえ。行為者とは何なのか、僕はこれまで疑うことすらありませんでした。

まだよくわかりませんが、神さまの仰ることが真実な気がします。

今日もありがとうございました。






精神世界ランキング 参加しています


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2013
07.28

カルマとか運命とか

Category: 創作寓話
神さま:器夫や、おるか?

器夫:あぁ...日蝕の神さま。お久しぶりです。

神さま:ほんに、そうじゃのう。ここのところ、そなたは一千年ほど前の世界に出たり入ったりじゃから、わたしのことなど忘れていたのじゃろう。(笑)

器夫:はい。済みません…。

例の八幡宮に行って以来、そんな状況になっています。

一つの出来事がいかに次に繋がっていくかを改めて痛感させられた出来事でした。落ち着いたらブログに書きたいと思います。


神さま:よい、よい。それも必要があって、いま起きているのじゃからのう。

ところで今日は、運命とかカルマということについて話しておこうと思ってまかり出た。

あえて訊くが、そなたはこれらをどう捉えておるかな?


器夫:それは、僕が恐らく一番関心のあるトピックだと思います。

多分それは、僕の誕生時に、土星が第12室にあったことによるのだと思います。

12室は、カルマや秘密に関する部屋であり、土星はその人のこだわりを示しますから。


神さま:そうじゃな。カルマと運命は、同義じゃ。

人間は、自分に都合のよい、心地よい、困難の少ないものを幸運な運命と呼び、不都合な、試練の多いものを不運な運命、カルマと呼んでいるが、本当は、そのすべてが、各人の目覚めのためにカスタムメイドされたその時最善の進化のプログラムに過ぎんのじゃ。


器夫:人は、生まれる前にそのプログラムを組んで来るといわれますね。

高次元の自己と相談して組んで来るとか言われていますね。


神さま:そうじゃのう。

そのプログラムをこの形ある世界に移すための器が、肉体誕生時の天体の配置ということになるわけじゃ。

言い換えれば、星の配置自体が精巧な一運命プログラム言語ということじゃのう。

javaかのう? coralかのう?(笑)


器夫:なるほど!!面白い表現ですね。

つまり、個人や集団の運命は、誕生時やその時どきの天体の配置に大きく影響されるということですね。


神さま:惑星、天体レベルで観るとそういうことになるのう。

これを、ヒンズー教の視点から観ると、すべての運命は、根本原質(プラクリティ)によって生じる三つの要素(グナ)によって決まるということになる。

三つの要素とは、純質(サットバ)、激質(ラジャス)、暗質(タマス)であって、これらが占める割合によって、その人の運命が構成されるというのじゃ。

根本原理は、クリシュナ神の偉大なるマーヤ(幻)の力によって変化を生じ、人はこの支配を免れぬのじゃ。

万物は、生まれた途端に、この幻想の力の支配下に入るというのじゃよ。


器夫:何だかとても厳しいですね。

だんだん、こころが重々しくなってきました。

それでは救われがないということになってしまいますし、どうしたら運命を少しでも良くできるのでしょうか?

それとも、この考え方自体が間違いなのでしょうか?


神さま:もっともじゃのう。

では、それは次回に説明しようと思う。




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2013
06.03

ベールが一枚

Category: 創作寓話
器夫: 静ごころの神さま...

今月に入ってから、

外の世界が、何だか穏やかで平和になった気がします。

毎月一日は、僕の誕生日日なので、

何か新鮮な感じがして好きなのですのですが、

それだけではないようです。

上から下りてくるエネルギーがストレートになったというか、大きくなって、

とばりが一枚除けられたような、なくなったような感じがするのですが...。


神さま: そうじゃのう。

地球を覆っていたベールが、また一枚外れ

光がよう通るようになったのじゃ。

宇宙(ほし)の仲間たちも応援してくれておるし、

アップグレードして、意識のアク抜きが進んでいるということじゃのう。


器夫: やっぱりそうでしたか!

今回の、蝕によるアップグレードの成果ですね。

それを聞いてちょとホッとしました。


神さま: 肉体をまとっての生活は

時間軸に従い手間のかかることもせねばならぬし、

まったく新しい文明にも移行せねばならぬし、

今回のそなたらの困難には、ひとしおならぬものがあるからのう。

ときには弱音の一つも吐きたくなることじゃろう。


じゃが、それを承知でこの星に降りたのじゃから

そなたらはみな、勇士の魂じゃ。

愛に仕える者たちじゃ。

この世界で味わうすべての体験を

感謝して受け取るくらいの

余裕ある御霊たちじゃ。


そなたは、毎日一杯一杯になって生きていると思うとるじゃろが、

放っておいても、進化の波が止むことはないから

随神(かむながら)、大丈夫なのじゃ。

為すべきことは、どうしても為すようになっておるのじゃ。


器夫: 正直、庶民の暮らしはますますキビシイですが、

僕は、いまの神さまのお言葉を信じます。

今日もありがとうございます!




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